わたしが帰り道に下車する中央線の駅の北口を出てすぐに、いわし料理のお店があります。昔ながらの木造二階建て。ガラスのはまった引き戸を開けてカウンター席に腰を落ち着け、いつものように「なめろう」と「山芋の千切り」と「焼酎の玉露割」を注文すると、さて、カバンから文庫本を取り出します。仕事も家のことも忘れて、こうして気ままな至福の時間が始まるのです。お店としては、こんなところで読書に耽られては迷惑かもしれませんが、そこはそれ、週に1度は通っている常連のよしみで放っておいてもらっている次第。この春にはこの席で初めての『戦争と平和』全巻を無事読み終えました。最近は横山秀夫氏の刑事小説と心ときめく逢瀬を重ねています。
そんなあるとき、ページからふと目を上げてみたら、わたしの右隣で、そして左隣でも、似たような年恰好のサラリーマンがそれぞれ文庫本に身を屈ませているではありませんか。案外、ここはおやじにとってのひそかな図書館だったのかと、腹の底から笑いが込み上げてきました。